いつから顕微授精が実施?

顕微授精に成功した医師のお話

不妊治療の歴史は意外と長いのだそうです。

なぜ歴史に目が向いたのかというと、兵庫県で最初に顕微授精に成功した

医師のお話を伺う機会があったからでした。

神戸ARTレディスクリニックの院長先生は、ご自身が7年間不妊症に悩んだ経験から、

患者に寄り添い、共感を持った不妊治療を心がけるようになったそうです。

その医師の名前は大谷哲郎先生。1995年に兵庫県で初めて顕微授精に成功したと

公式ホームページに記載されています。

顕微授精は…皆さんもご存知かと思いますが、高度生殖医療(ART)の治療法です。

成熟した卵胞を女性の卵巣から採取し、顕微鏡下で受精させてから着床させる方法で、

公的な不妊治療の助成制度は基本的にこの治療を対象としています。

日本全体ではいつから顕微授精が実施されていたのか

うっすらとした子どものころの記憶なのですが、

テレビでニュースキャスターが「倫理問題」「神の領域」などといった

言葉を頻繁にさえずっていたかな?という覚えがあります。

その後いつの間にか不妊治療がなし崩しの体で浸透していったのかなと。

人は「命」が何なのか、真の回答に至っていません。

そういう意味では、確かに生命は神秘の領域とも言えますよね。

だけど、不妊症に悩む人口が増えればそんなことは言っていられないですよ。

「自然に任せろ」なんて、よく口にできたものだと思います。

日本産婦人科学会によると、日本で体外受精が臨床応用されるようになったのは

1982年のこと。顕微授精については1992年に世界で初めて行われたそうです。

現在の日本では600施設を超える医療機関がART登録施設として

治療を実施していますが、顕微授精の登場と世界的な拡散は、

過去の進展速度から見るとすごく早かったようですね。

1992年のころに比べて、今の採卵方法は体への負担が小さくなったと言います。

今は令和元年、11月。1992年から数えて27年目です。

これから高度生殖医療がどのように発展していくのか想像すると、

楽しみなような、うらやましいような気持になります。

日本の不妊治療(高度生殖医療ART)の課題

海外と日本で技術的な差があるわけではないと思いますが、世界的に見て日本の高度生殖医療ARTは実施件数が多い一方で成功率が低い、「不妊治療失敗大国」となっています。

これは、私のように年齢的にぎりぎりになってから取り組む人が

多いからなのかもしれませんが、それこそ、医療と教育の連携や、

社会全体の在り方が問題なのではないでしょうか。

赤ちゃんを抱いて議席に座った女性が退席を迫られたニュース。

「女性は子どもを産む機械」と発言した議員。

これが日本人の総意ではないとはいえ、「本当に少子化問題を解消したいのかな?」

と疑いたくなる空気が日本全体を覆っているように感じます。

元気な時なら反発もできますが、今の私はちょっと頑張れません。

せめてもの気分転換に、晴れた日は展望台から海を眺めています。

これからどんどん寒くなりますね。皆様どうぞお身体ご自愛ください。

不妊治療中の方は、手足とおなかを冷やさないようにお過ごしください。

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30代不妊治療について思うこと。不妊治療を知り、妊活から体外受精や顕微授精についてまで、自分のペースで調べていきます。